Back to blog list

この寂しさを分析する 其の一 (Analyzing this loneliness part I)

published: 2026-2-22

last updated: 2026-2-22

language: jp

tags:



背景

新年の抱負でブログ毎週更新を誓ったものの、1月は何も進展がないままでいたが、ようやく最近授業も終わり、このサイトに少しずつ時間をさけるようになってきた。 2月に入って、新しく書いた記事は3つ。うん、悪くないペースだ。ということで、今回は最近の悩みというか、個人的なテーマで書いてみようと思う。 唐突だが、私は大学生のころまであまり寂しいと感じたことがなかった。コロナ禍だったのもあって、世間的にも「ひとり時間」が推奨されていたためかもしれない。 友達は今思えば本当に少なかったし(まあ留年したしな おい誰だ余計なコト言ってんのは!!)、それでも、というか、それが逆説的にそこまで人との付き合いを欲してなかったことの証明になるだろう。 しかしだ。ドイツに留学に来てから、そしてとくにここ半年ほど、なんだか無性に人と会いたくなることが増えたのだ。以前は3日、いやなんなら一週間 誰とも合わなくとも(ゲームさえしてれば)へっちゃらだったのが、最近はかつての雄姿はどこへやら、二日人と会わないだけで何というんだろう、すごく一人でいることへの嫌悪感というか、誰かに会いたい、会って話したい、という感情が湧いてくるようになってしまった。 これはもしかしたらいいことなのかも知れない。もしかしたら前までが異常だったのかもしれない。みんな言うじゃないか。「自分だけの殻に閉じこもるのは良くないよ」と。 でも、私の悩みの種というのは、この寂しいという気持ちが強すぎて、集中を欠いてしまうことだ。友達に会いたいという連絡を入れたきり、彼/彼女からの返信が待ち切れな過ぎて、10分おきにパソコンの隅に開いたwhatsappの画面を見てしまう。いかん。これはいかん。生産性に明らかな欠如が見られる。 だが、こんなことでセラピーに行きたくもないし、(それにここドイツだし、母国じゃない国でセラピーとか難易度高すぎるし)今の今までこの問題は放っておいた。 まあ、いつがいつでもここまでひどい症状というわけでもなし、何か夢中で取り組んでる間は別にそこまで寂しさは感じないので、結局の所リアルを充実させればいいのだ、 というお決り的な結論と対処法が見え見え(とこの爬虫類は思っていた)だったので、真正面から向き合うことはしてこなかった。 ただ、せっかくのブログを書き始めたことだし、こういう個人的な事について書くのも悪くあるまい、ということでこれから数回に分けて、この問題について話していこうと思う。ただ、自分の思いをただつらつら書きなぐることはしない。せっかくなので、リサーチの結果とともに、この問題を真剣に心理学的な観点から分析していこうと思う。 (いや、でも、お前心理学初心者ジャン。 んなこたあ分かってる。だから、素人なりに専門的な知見を学んで、それを基に自分の意見を組み立てることで、質のいい記事が書けるし、学びの機会にもなるって寸法なんだろうが。 へえ、そうかい。まあ、できるもんならやってごらん。

仮説

あらゆる科学的な分析の根幹をなす「観察された現象について、原因や過程についての仮説設定 -> 仮説の検証」というプロセスの最初の部分を、この記事では行っていこうと思う。つまり、なぜ僕が最近になって人寂しいと思い始めたのかについて、考えられる原因を可能な限り精緻な語彙をもちいてリストアップしていく。以降の記事で、それらの妥当性を検討するというわけだ。